第5回 物体だと思え! |
「1・2の3で温泉に人る会」というがんの患者会をつくって、2年半になる。 最初は、私を含めてどうしても温泉に入れないという乳がん患者が中心だっ.た。 乳房のない体を、驚いた表情でジロジロ見る他人の視線。それに耐えられなくて、 温泉に入れない人。あるいは他人から見られないように隠して、こそこそ温泉に入る。 そのこと自体にイヤ気がさしている人。はたまた私のように、もうすっかり温泉を諦め、 内風呂にしか入らなくなってしまった人。いろいろな人がいた。 そんな人が集まって、一生に一度でいい。あの広々とした湯舟に、大の字になって 浮かんでみたい。 夜空を仰いで、ゆっくりと露天風呂につかってみたい。 一人ではできないけれど、同じ条件の人がみんなで入れぱ怖くない―― かもしれない。 ということで、おそるおそる始めたのが、この会だった。 ☆ しかし、やってみると、体に傷があるのは、何も乳がん思者だけではないということに気が ついた。 肺がんの人にも、傷があった。胃がんの人もいる。大腸がんの人もいる。がんではなくて、 心臓の人も、交通事故で傷がついた人もいるということに気づくのは、会を始めて問もなくの ことだった。 私たちは、 「胃だ、腸だ、乳房走、子宮だ、肺だと、いちいち区別するのはやめ.ようよ」 ということにした。温泉にλりにくいという人は、だれでも仲問になっていいということにした。 その人たちが集まって話す。 「病院や.医院というところは、なんて無神経なんでしょうね。『上半身を脱いで。プラジャー も取って……。はいしぱらくこのままでお持ちください』と言われるときのあの緊張。ちょっと パスタオルの一枚でも胸にかけてくれればいいのに……」 「それに、診察峯と待合室の境がカーテンだけでしょ。だれかがひょいと、カーテンを分け て人ってくるんじゃないか、気もそぞろになっちゃう」 「看護師さんか、検査技師さんか知らないけれど、愛想のない目つきでジロリと一瞥、 出たり、入ったり・:…。 あの不機嫌で無遠慮な目つきはやめてもらいたいわネ」 温泉にさえ入れない私たちが、診察室で、どんな思いで服を脱ぎ、胸を出すのか。 医師や看護師は、慣れっこになって考えたこともないのではないだろうか。 ☆ 「俵さんは、どうしてステージVのbまで乳がんを放っておいたのですか.“早期発見.、早 期治療”ということを考えなかったのですか? 定期検診には行ってなかったのですか」 “信じられない。パカではないか……” という目つきで見られることがしぱしぱある。 もちろん、私には、私なりの弁明がある。 こと“乳がん”に関しては“しこり、しこり”と “しこり”のことばかりが言われる。乳首の湿疹のことは、ほとんど言われない。私の場合 は、そもそも乳首の湿疹から始まった。やがて、少量ながら分泌物が出るようになり、よう やく重い腰を上げた。 (これは、やはり皮膚科で診てもらったほうがいいのかな) そう思って、かかりつけの医院へ皮膚科の医師を紹介してもらうために行った。 それが私のがん騒動の始まりだつた。 ―― それも一つの理由だが、もう一つの理由は、あのガサガサした雰囲気のなかで、 裸になるのがいやだったからだ。力ーテン一枚を隔てて、前の人の会括が丸聞こえのとこ ろで医師と話すのがどうしてもいやだ。 ましてや、そんな場所でがんの告知を受けるなんて、あまりにもデリカシーがないのではな いか。がんの告知を受け、頭が真っ白になり、悄然として力―テンから出てきた私を、近所の 主婦(つまり順番待ちの人)が気の毒そうに見るなんて図は、真っ平ごめんである。 というわけで、相も変わらず私の医者嫌い、病院嫌いは続いている。それでもたまに、覚悟 を決めて医者に行くときは、 (自分を、人間だとは思うな,物だと思え。物体なら、転がされていても、不思議はない。感情 を、捨てるのだ!人間を捨てよう) そう言い聞かせながら、下着を脱ぐ。しかし、自分を物体.だと思うことは難しい。そんなにうま く切り替えられない。ほかでは、そんな経験をしないからだ。 でも、心でひそかに思うことはある。 (どこかに、温かくて、ホッとして、やさしい視線に囲まれて、みじめにならず、安心して裸にな れる病院はないかしら。あの温泉の大風呂で、大の字になって浮かんでいるときのように・…・〕 人間が人間のままで診察を受けられる病院(医院でもよい)があうたら、どなたか教えてくださ い。 |