『これだけは言いたい』  第1回
病院に
”しろうと”のための勉強室を

診断を聞いて頭は真っ白に


7年前、カーテンの向こうのテーブルの前で、「検査の結果は、悪性ですネ」という言葉を聞いた日、
まず最初に私は何をしただろう。
頭のなかが真っ白になり、どうやって家へ帰ったかは覚えていない。そのあと、書斎に入って、本を探した。
(何か、家庭医学辞典のようなものがあったはずだ)
と思った。
埃をかぶった類書を2、3冊見つけ出した。
<乳癌>
<ページェット病>
<パジェトイド>
という文字を探した。「乳癌」は、すぐ見つかったけれど、「ページェット」という文字は見つからなかった。
やっと見つけて解説を読んだけれども、理解はできなかった。
私のしろうと的表現で言えば、ページェット病とは、乳首のがんということらしかった。


告知後の動揺に理解を!

私の乳がんの手術を担当した医師は、インフォームド・コンセント(説明と同意)に積極的な人だった。
次々と、私に、ページェット病に関する資料(コピーだが)をくださる。しかし、そのとき、私は、
とても学術論文を読む心境ではなかった。逃げたい。見たくない。
読みたくない。聞きたくもない。
むずかしい。気持ちが悪い。
医学にしろうとの患者は、ふつう、そういうものではないだろうか。こういう患者を
インフォームドーコンセントの土俵に乗せるには、それなりの努力が、病院側に必要である。

                               ◇

どの病院にも、資料室、情報室をつくるべきだ。
その部屋では、まず、ビジュァルに人体の各名称について患者に教えるべきだ。
あとになって(残念ながら、それは手術も済み、化学療法も終わった時点だったけれど)やっと私は
自分の病気と病状に関して、本気で勉強する気になった。
そのとき、私はどうしたか。
私が手術を受けた病院には、資料室も、惰報室も、勉強室もなかった。ちなみにそのころ、パソコ
ンというものは、庶民のものではなかった。
私は、東京駅前にある八重洲ブックセンターの"癌コーナ"へ行った。がん、および乳がんに関
する本を100冊ほど買った。ついでに、『体の地図帖』という本も1冊買った。『体の地図帖』には、
膵臓はどこにあるとか、胸壁はどこかなど、私の知らないことがみんな書いてあった。
100冊ほどがんの本を読んだあと、私は主治医にお願いして、自分が受けた乳房全摘手術のビデオ
を数本見せていただいた。このとき、はじめて自分の受けた手術が、具体的にどういうものだったかを
理解したのだった。
そういう勉強ができる場所を、すべての病院につくっていただきたい。それが私の切なるお願いである。