がんを治す完全ガイド  第27回
第2回の「大集会」をやりました

 主催は、にわかづくりの「第2回がん患者大集会実行委員会」と、NPO申請中の「がん患者団体支援機構」。私の手帳には、実質的に実行委員会が誕生したのは、2006年1月22日だったと書いてある。
 3月19日が、本番の日である。
 それまで、2ヵ月を切る。
 (本当に、できるのだろうか。渋谷のNHKホールに、3500人を集める会ができるのだろうか)
 まったく自信はなかった。

 第1回の大集会(2005年5月28日)では、大阪のNHKホール、定員1500人のところに、2000人以上の人が来たと聞いている(その日、私は白分の仕事があって、出席できなかった)。
 今度は、3500席だ。
 第1回は、実質的にはNHKが共催のようなものだった。大集会の直前、NHKが大集会の予告番組を放送した。おかげで一気に申し込み者が増え、あっという間に定員を突破したと聞いでいる。当時の厚生労働大臣が出席されたのも、たぷんそういう背景があったからだろう。
 今度は、何もなかった。まったくの自力だった。メディアの世界に生きている私は、それが、どんなに大変なことなのか知っている。もし、最初からそのことを聞いていたら、そのやり方に反対しただろう。
 しかし、すべては、後の祭りだった。
 第1回のリーダー(三浦捷一さんと佐膝均さん)はすでに亡くなっておられた、三浦さんが生んだ「がん患者団体支援機構」は、本来なら毎年、大集会を実現する母体として活躍するはずだった。しかし生まれて半年、あまりにも未熟児だった。NPOの認可さえ申請中の身であった。

                         ☆☆☆☆☆☆

アピール文を読み上げる俵理事長  そんななかでひょんなことから三浦捷一さんのリリーフを務めた私は、まったく火中の栗を拾ったようなものだった。
 しかし、世のの中は広かった。
 1月22日、にわかづくりで誕生した実行委員会は、委員長を内田絵子さん、副委員長を三浦秀昭さんが引き受けてくれた。まわりを固めたのは、「VOL-NET」や「どんぐりの会」「癌と共に生きる会」など、ITを駆使できる患者会の仕事師たちだった。
 「会議と言えぱ、まずスケジュール調整」を考える“アナログ人間”の私をよそに、すべてはメーリングリストとメールで、飛ぷように進んでいく。全国に散る75の共催患者会も何のその。すぺてメールで「ご異議はございませんネ」で進んでいく。あっという間に役割分担が決まる。あっという間に150人のポランティアが集まる。

  あっという間にボランティアヘの説明会が終わり、当日までに2500人の申し込み者を確保した。
 (NHKが番組で協力してくれれぱ、あと1000人増えて、満席になるのになア…・)
 と私は思った。でも「いや、数ではない。患者会の自力こそが大切だ」と思う心も私のなかにはあつた。
 実行委員の1人として、私が引き受けた仕事が、1つだけある。
私、ITは得意ではない。が、アナログ人間として、「アピール文」ぐらいは書けるだろう。そう思って、手を挙げた。
 しかし、これがなかなか大変な仕事だったんだなァ・…。
 会場に来てくれた2500人の人の思い。大集会に携わった何百人の人の思い。去年の私のように、会場へ行きたくても行けなかったがん患者の思い。それらを集約し、代弁するとはどういうことか。
アンケート調査ができるわけではない。第1回との連続性も必要だ。政治や行政への現実的な配慮も要る。長くてもいけない。短す ぎてもいけない、誰もがわかる言葉、何より患者自身の言葉で。
そう思って書き上げ、読んだアピール文を、以下に掲載する。


 
第2回 がん患者大集会アピール

 昨年は大阪。
 ことしは東京。
 北海道からも来ました。車椅子でも来ました。がん患者と家族が、集まってまいりました。
 私たちは、いいたかったのです。
 がんになったからといって、転移したからといって、病院や医師に見離されるのはいやなのです。
 いまの日本で望みうる、最高で、最適の治療を、どこに居ても、だれであっても、最後まで受けられる日本にしたいのです。
 私たちは、勉強してからがんになるわけではありません。ある日突然、「あなたはがんです」と告知され、あわてて情報をさがし始めます。自分にとって最適で、最高の治療は何なのか。どこに行ったらそれを受けられるのか。それを知らないことには、インフォームド・コンセントさえ成立しないのです。
 私たちは、昨年第1回大集会の時「患者のための情報センターを作ってほしい」と声をあげました。
さいわいその第一歩は、実現に向かってすでに踏み出されました。
私たちは、どんなにうれしかったことでしょう。情報は希望の星です。次の段階は中身の充実です。
そのための声と力を私たちは惜しみません。政治や行政、国民のみなさまと手をたずさえて、すぱらしい情報センターを作り上げていこうではありませんか。

 つぎに私たちが望むのは、患者主体の医療への転換です。たとえぱ、「緩和医療」です。痛みは患者にしかわからない苦しみです。
いまの医療は、痛みに対して無頓着といえないでしょうか。どんな場合も患者の苦痛を最大限防ぎながら、治療を進めていく、そんな「やさしい医療」であってほしいのです。
 「チーム医療」とか「専門医の育成」とか希望したいことはたくさんあります。が、きょうは取り敢えず、患者会と行政が、はじめて協働作業で作りあげた「がん対策推進アクシヨンプラン2005」の早期完全実施を願うことにいたします。

 以上3点に向かって、私かち患者、家族も力をあわせ、努力することをお誓いし、きょう東京、渋谷で私たちの決意表明と致します。

         2006年3月19日
              第2回がん患者大集会参加者一同
 

全国から約2500人のがん患者とその家族が結集
がん情報センターが年内に発足
患者ががん医療の主役。
さらに望まれている医療政策への“患者の声”


全国どこでも最適な治療を受けられるがん医療を

 「第2回がん患者「大集会」が3月19日、全国約80のがん患者団体の共催によって東京のNHKホールで開購された。がん患者とその家族ら約2500人が参加し、「全国どこでも自分にとって最適な治療を受けられるがん医療を」(俵萠子理事長)というアピール文が採択された。
 今回の「第2回がん患者大集会」の開催は、昨年(2005年)5月に大阪で開かれた「第1回がん患者大集会」を引き継ぎ、「がん患者の声を国の医療政策にしっかりと反映させたい」という患者の強い思いが原動力となっている。
 日本のがん治療は地域によってレベルの差が厳然として認められ、正確な情報を入手・判断できないことから、最適な治療を求めてさまよう「がん難民」が生まれるという現状にある。とりわけ、進行がん、再発がんを抱える患者は、「死」の影に怯えながらより良い治療を求めて苦闘せざろう得ないという環境に置かれている。がん患者とその家族の声をーつにして、日本のがん医療の現状を変えていこうというのが「がん患者大集会」の目的である。

『がん患者とは心に串が刺さった者。自律を支え合うのが地域のがん患者会』

 「大集会」は2部構成で進められ、第1部は主催者挨拶と3つの基調講演、第2部では7人のパネリストによるディスカッションが行われた。

 第1部は実行委員長の内田絵子氏(ブーゲンビリア)の主催者挨拶で開会。
 まず基調講演Tとして癌研有明病院院長の武藤徹一郎氏から日本のがん医療の現状と改革に向けての取り組みが具体的に報告された。癌研有明病院では1人1人のがん患者の治療方針について、複数の科の医師の議論によって決定していくキャンサーボードの試みが明らかにされ、チーム医療の実現に向けた取り組みが行われているという。
 次に千策県で活動しているがん患者会「支えあう会『α』」の代表を務める土橋律子氏が登壇し、患者の立場から基調講演Uを行った。土橋氏は子宮体がんと卵巣がん、大腸がんという3つのがん体験を持つと同時に、看護師として医療の現場にも精通している。
 「患者とは『心に串が刺さった者』であり、そこからいかに自由になって自らを取り戻していくのか、患者会はそのために患者同士が支え合い自律していく場なのです」
 土橋氏の言葉に、会場は共感の拍手に包まれた。
 基調講演Vでは、日本医療政策機構の近藤正晃ジェームス氏から、昨春、がん患者とその家族約1800人を対象として行われた「がん医療に関するアンケート調査」の結果が報告された。
 「まず「日本のがん医療の水準に満足しているか」という問いに対しては、『不満』『どちらかと言えぱ不満』との回答が71%にのぼった。
具体的にどのようなことが不満なのかについては、『がん治療薬の承認』が92%、『総合的相談の整備』が78%.『情報開示』が76%という結果であった」と近藤氏。
 さらに回答者の全員が.「がん医療の信頼できる情報を総合的に提供する機関が必要であるとして、「専門医の有無」(78%)や「医師ごとの疾病別の治療成績」(64%)を望む声が多数を占めたという。「日本ではがん医療の現場にがん患者とその家族の声が十分に届いていないのが現実である」と近藤氏は言い、「政府・厚生労働省の医療政策に当事者の声を反映させていかねばならない」と締めくくった。

患者のために役立つ「がん情報センター」を
 第2部のパネルディスカッションでは、あらかじめ集会参加者から回収した「パネルディスカッションヘの質間・意見」をもとに、「がん情報センターの状況」、患者中心の医療に向けて」という2つのテーマを掲げて7人のパネラーによって進められた。
 パネラーとして登壇したのは、患者会の矢島千恵子氏(ひまわりの会)、原田繁氏(どんぐりの会)、山崎文昭氏(日本がん患者団体協議会の3人と、ジャーナリストの鳥越俊太郎氏、.がん治療に携わる医師の土屋了介氏(国立がんセンター中央病院副院長)、西尾正道氏(北海道がんセンター統括診療部長)の2人。そして.厚生労働省の上田博三氏(厚生労働省がん対策推進室長)である。

 まず昨年5月の「第1回がん患者大集会」で提起された「がん情報センター」の創設について、厚生労働省が予算を計上し、具体的に動き出していることが上田氏から報告された。
 今年中に国立がんセンター中央病院に「がん情報センター」を設けると同時に、全国のがん拠点病院に「がん情報支援センター」を設置し、どの地域にいても最新のがんの治療法やケアについての情報が入手できるようにしようというものである。「第1回がん患者大集会実行委員会」から1年も経たないうちに「がん情報センター」の創設の目途が立ったという事実は、全国のがん患者とその家族が結束して働きかけれぱ、政治も行政も動かせるということを示している。ただし、器=ハード面の手当ての目途はついたものの、今後はがん患者にとって真に役立つソフト面をいかにつくっていくのかということが大きな課題であるとして論議された。
 患者会の矢島氏や原田氏からは、がん治療などについて一般的な情報が必要とされているのではなく、個々の患者に即した個別的事情を汲んだ情報が切実に求められているとの意見が提起きれた。
 また、抗がん剤治療の専門医である腫瘍内科医や放射線治療医などの専門医の不足が深刻な状態であり、早念に解決の方策を立てることが国に求められた。
 パネルディスカッションの論点は多岐にわたり、1つ1つががん患者の熱い思いを伝えるものであつた。
 最後に主催者を代表して俵萠子理事長(1・2の3で温泉に入る会会長)が登壇。@第1回大集会の成果として発足した「がん情報センター」の中身を充実させること、A緩和医療に目を向けたやさしい医療の実現、B「がん対策推進アクションプラン2005」の早期完全実施、の3点を大会決議文として読み上げ、満場一致で採択された。

がん患者が力を合わせれぱ日本のがん医療を変えられる

 「がん患者大集会」は2003年からスタートしたNHKの「生活ほっとモーニング『シリーズがんとともに生きる』」「がんサポートキャンペーン」の番組づくりに関わるがん患者や患者会、医療関係者などの論議のなかから生み出きれたものである。今回でまだ2回目であるが、確かな手応えを感じさせる集会として大成功のうちに終わった。