『これだけは言いたい』  第6回
検査データは誰のものか

 検査データとコメントを患者本人に届けて欲しい


 私がかかっている病院は、
「×月×日のX時に、検査結果を聞きに来てください」
とは言わない。おかげで多忙な私は助かっている。たぶん、そのやり方は、医者や病院の多忙をも救っているのだろう。しかし、
 「もし、10日たっても連絡がなかったら、今回は問題がないと思ってください」
と言われる。
その10日問の精神状態は、そう気持ちのいいものではない。 が それはまァ、いいとしよう。
問題は、こういうやり方だと、患者が検査の結果を入手できないことだ。
 (自分のふだんの数値はどのくらいなんだろう。5年前に比べてどうだろう.去年と比べて……)
毎回、そう思う.データは、患者本人も保存しておきたい。
そのたびに思うのが、検査結果は、だれのものかということだ。
 (血液を提供したのも私。検査の費用を払ったのも私。なのに、私は検査結果を入手することができない)
それはやっぱりおかしいと思うのだ。すべて商品は、金を払った人のものだ。
医療だけが例外ということはあり得ない.

                       ☆☆☆

しかし、病院側の多忙、繁忙もよくわかる。
いちいち、検査結果という名の商品を、患者に手渡していたのでは、医師も看護師も何割増しかで忙しくなるだろう。
一方的に呼び出される患者だって迷惑だ。どうしたらいいか。私は"病院"じゃないからよくわからない。ふつうの企業だったら、こういうときには、工夫する。顧客サービスのために努力する。

 たとえば、しろうと考えだが、検査会社から、検査結果を、1枚は医師のもとへ、1枚はコメントつきで患者本人のところへ郵送してもらうとか、メールで入れてもらうとか、いろいろ方法はあるだろう。
これは、毎年受けている成人検診についても言えることだ。もっと親切に、データとコメントを患者に届けて欲しいといつも思う。
私が受けているのは、区の無料検診だから、こんなに粗末に扱われるのか。そう思ってひがむことだってある。
入会金○○万円という
大金を払わないとダメなんだろうかと思って、先日、私は検査専門、某クリニックのパンフレットを取り寄せた。そこだと、ピンクのソファーに座って検査結果が聞けるらしい。もちろん、検査結果はきちんとファイルしていただけるそうだ。
今度、お金がもうかったら、そうしようと心に決めているが、それでこの問題が解決したとは思わない。それは、単に、この問題をお金で解決したにすぎないわけで、名誉なことではない。私が望んでいるのは、どんな人でも、特別のお金を払わなくても、自分の体の検査結果くらい、データとコメントを入手できる世の中なのである。