『これだけは言いたい』  第9回
手術のビデオテープを販売してほしい

 
一世一代の思い出わが人生の宝物にしたい

 乳がんの体験を本 (『癌と私の共同生活」一海竜社刊) にするとき、いちばん困ったのは、検査データが私の手元には何ひとつないことだった。
幸い、その当時の主治医はていねいに数字を教えてくれた。私はそれをいちいち自分の取材ノートに書き写した。
しかし、このとき、もし私が書き間違ったら、どういうことになっていただろう。
それを考えると、前々回(第7回)にも書いたが、やはり、検査データは医師が所有しているのと同じものを、患者にも配布すべきである。
つまり、検査データは2通りつくらなくてはいけない。
その場合、原本は、金を払っている患者用であり、コピーが医師用であるべきだ。
もう1つ、困ったのが、自分の受けた手術の様子がまったくわからないことだった。
極端なことを言えば、だれとだれが執刀したのかもわからないし、だれとだれが手伝っていたのかもわからない。
何時間かかったのかもわからない。どんなプロセスだったのかもわからない。
本を書く視点から言えば、クライマックスが手術だ。そのクライマックスを何ひとつ書:けないのでは、本にもならない。
仕方がないので、竹中文良氏の本(『医者が癌にかかったとき』 ー文蔓春秋社刊)を読んでみた。
あの方は、ご白分が医師だから、自分が受けた手術を、知識として知っていらっしゃる。解説つきの描写になっていたので、多少参考になった。しかし、その手法を、私が使えるわけではない。
いよいよ困って、.当時の主治医にお願いしてみた。
 「乳がんの手術ってどういうものなのか。 ビデオがないでしょうか。あったら、見てみたいのですが…ー」
すると、意外な答えが返ってきた。
 「いいですよ。たくさんありますよ。ご覧になりますか?医師の教育用ビデオですが……」
と言って、4、5本のビデオを貸してくださった。
1日かけて、私はじっくりビデオを見た。初めて、自分の受けた手術が、おおよそどんなものであったかということが理解できた。
そのあと、しばらく肉料理は食べたくなかったが、あのビデオは百の講釈よりわかりやすかった。
手術をめぐるトラブルが続発している。
患者の側にある"疑心暗鬼"を一掃するためにも、真実解明のためにも、手術のピデオを撮ることにしたらどうだろうか。
どんな小さなコンビニにでも、最近は防犯カメラが設置されている。夕暮れの雑踏でも写るくらい、最近カメラの性能はいいらしい。
病院の手術室にも、ビデオカメラを設置しておいて、あとで希望する患者には販売したらいい。もちろん、病院も大切に保存しておく。もし、そうなったら、私は大喜びで買わせていただく。少々お高くても、一世一代の思い出、わが人生の宝物だ。奮発して買わせていただくが、いかがですか。