一大決心の喫茶室 「こんな場所で、ぼんやり何時間もコーヒーを飲んでいたいなア……」 ☆☆☆ 群馬県赤城山の森の中にある私の小さな美術館で、よくお客さまがおっしゃるセリフである。 「なんで、この美術館は、コーヒーを飲むところが無いんですか?」 単刀直入にそうおっしゃるお客さまもある。 ☆☆☆ 私の小さな美術館で、”いつか喫茶室にしようかなア…“と思って作った部屋は、東北に向かって 窓が開いている。北には、赤城連峰の一つ「鍋割山」が間近に見える。まるで、私の家の庭の奥に 山があるように見える。 東は、県の指定の保安林だ。広さは、何万坪もあるだろう。保安林だから、木も切れないし、家も 建たない。だから私は、隣地との境に、塀を立てる必要がない。おまけに、隣地との境界は、一級 河川の〃竜の口川〃である。一級河川というと、とうとうたる川の流れを想像する人が多いが、川 幅一メートルのせせらぎだ。わが家の少し上で湧いている川だから、ちょろちょろという感じの小川 である。でも先へ行けば、利根川になる。 私がいつも騒いでいるホタルは、この川の上を飛ぶ。 ☆☆☆ その部屋は、窓に向かって作りつけのテーブルがあり、客は、窓に向かって坐ることになるカウン ター方式の部屋だ。 (なるほど、ここに坐ったら、コーヒーが飲みたくなるだろうなア…) と私でさえ思う。 でも、喫茶室にしないのは、採算が合わないからだ。私の美術館は、12月から2月末まで、 ほとんど、お客が来ない。 〈入館者ゼロ〉の日が何日かある。年問三か月も、ほとんど人が来ないのに喫茶室を開いたら、 光熱費も人件費も出てこない。だから私は、すっかり”喫茶室“を諦めていたのだ。 ところが、ところが、である。 昨年の秋「俵萌子美術館まつり」をやった。この日だけは例外ということで、”上州鍋”を販売 し、コーヒー店も開いた。 上州鍋は裏山の林の中。コーヒー店はもちろん”あの部屋“である。 店員さんは、すべてボランティア。べつに私が頼んだわけではないけれど 「ぼくにやらせて下さい」 「私、やってみたいの」 というお客さまが続出したので、お願いしてみただけだ。 おかしなもので、コーヒー店の店員さんというのは、ダレがやっても、即座にサマになる。もちろん 揃いのエプロンはかけてもらったけれど……。 お客は切れることなく人ってくれた.当然のこととして、結果は黒字になった。 忘れられないのは、その時のお客さんの表情である。ぼんやり窓の外の山を見ながら、一時間 坐っていた人もいる。二、三人の友と、.一時間話し込んでいた人もいる。 三日間のまつりに、毎日同じ時問、六回来た人もいる。 (やっぱり、人は、焼きものだけより、食いもの、飲みものがあった方が楽しそうだなア…・:) しみじみ、そう思った。くやしいけれど、やっぱり食べものなんだ。焼きものは、それの次なんだ。 ☆☆☆ ついに、決心した。 今年は、春から、喫茶室をオープンする。当面は、土、日と祭日だけになるかも知れないが……。 いま、私は忙しい。コーヒーを出すには、コーヒーカップがいる。そのコーヒーカップを作るのは、 私の仕事である。すると、また、横あいを入れる奴がいる。 「なんか、食べるものは?」 うるさいねエ……。 |