赤城山麓味暦百味4月号より

 近ごろ、号泣した話

 3月1日、わが美術館は何とか〃新装開店"が出来た。“新装開店”というと、パチンコ屋さんみたいだ。
何か、ほかの表現はないか。いろいろ考えたが、“リニューアル”は舌を噛みそうだし、
“展示替えオープン”も長ったらしい。

 近ごろは、どちらさまも公式HPをお持ちだ。当館も持っている。そのホームページに何と書くか。
いろいろ考えたけれど、結局わからなかった。
 とにかく二か月にわたる“冬期休館”が終わった。
再開しましたということだ。二か月もあれば、ゆっくり、のんびり作業が出来るのかと思ったら、
大違いだった。

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 なんと、あわただしい冬休みだったことか。
「シーズンになったら忙しいから、冬休み中に、スタッフ全員で研修旅行をしましょうね」
楽しみにしていた研修旅行だったが、バス、一泊で、お隣りの長野県へ行っただけ。
せめて津和野くらいへ足を伸ばしたかった。
 しかし一泊の研修旅行は、中身がよかった。
最初は上田の無言館。戦没画学生(と若手画家)の遺作が展示されている。
 そこで、私は、“やっぱり”号泣してしまった。
 ―― 何に泣いたか?
 すべての作品に〃うるうる"していたが、声をあげて泣いたのは、ある画学牛の手帳(遺品)を読ん
だときだ。“食べたいもの”が小さな文字で、びっしり書いてあった。 とんかつ、カレー、ハンバーグ…
 泣いてしまって、料理の名前は思い出せない。ごめんなさい。とにかく、ごくごく普通の食べ物の名
前が、黒い小さな手帳の中に、びっしり書きこまれているのを見た時、私はブレーキがきかなくなった。
顔を覆って泣いていた。

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 二日目に行った池田満寿夫美術館でも、何回か目頭が怪しくなった。が、それは彼に対する私の
個人的な思い出があったからだ。
 (やさしくて、デリケートで、いい男だった……)

 美術館に付属する食べ物屋さんで、いちばん印象に残ったのは、最後に行った諏訪湖畔の
サンリツ美術館の喫茶室だった。食へ物がおいしかったというのではない。そこから見える景色と
雰囲気がよかった。
 スタッフそれぞれ、いろんなことを吸収して帰ってきたと思うが、私はやっぱり〃美と食べ物"の関
係に興味をひかれた。
 “いいもの”、 “美しいもの”を見ると、人はある種の興奮と感動を感じる。
その気持を確認し、味わい、持続するために、しばらくじっとしていたくなる。その時に、休むところ、
コーヒーがのめるところ、タバコのすえるところがあるといいのだろう。
 むかし、いい映画を見ると、私はどうしてもまっすぐ家には帰れなかった。必ずどこかで、コーヒー
を飲んだ。興奮と感動を再確認し、心の中にそっとしまい込んでから、帰宅したものだ。

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 壁を塗りかえたり、キャプション(作品や展示の説明)をつけたり、ディスプレイを変えたり、結局、
ギリギリまで作業に追われて、〃新装開店〃の日を迎えた。
 (お客さまが、どういう反応を示すか?)
カタズを飲んで見守っていると、三人連れの女性が展示室から出てきた。
 「いかがでした?」
 私が聞く。
 「わたし、泣いちゃった」
 という答えが返ってきた。
 新しく作った〃亡き母のコーナー"を見ていて、その人は、自分の母のことを考えたのだそうだ。
 「私の母は、いま病んでいるけれど、もっとやさしくしてあげなくっちゃ……」
 と思ったそうだ。
 二か月、頑張ってよかった。いま、新しい会話が生まれている。