杜の四季2005 12月号  二つの質問に答えます
 

 ことしは、この森(赤城山の標高500メートル)に住むようになって、21年目である。
 その間、友人、知人、来館者からいちぱん多く受けたのは
 「こんなところに、独りで住んで、怖くないですか?」
 という質問だった。
 じつは、最初の二、三年、私は独りが怖かった。
暗闇が怖かった。怖いくせに、ここが好きで、来たくてたまらない。いつもだれかを誘っていた。
子ども、きょうだい、友人、知人、手当り次第に誘って、だれも来てくれない時は、向いの家の女の子(当時小学生)を借りてきて、一.緒に寝てもらった。
 その私が、21年目のいまは、独りでいても、少しも怖くない。さぴしいとも思わない。心底から、森の中の独り暮らしが好きである。その最大の理由は、犬と暮らすようになったからだ。この森の土地を買って9年目の1992年、私は森の中で一匹の犬を拾った。白い、毛の長い犬で、すでに成犬になっていた。1992年に拾ったので「俵クニ子」と名づけた。通称は “クーちゃん” である。当時、彼女は、まだ若くて、耳も目も鼻もよかった。全身全霊て私を守ってくれた。
 彼女が老いてきた2002年の四月。また一匹、捨てられていた犬を拾った。桜の頃だったので「俵サクラ」と名付けた。サクラはいま、女ざかりだ。私と老犬のクーを、またしても、全身全霊で守ってくれている。いま、こうして原稿を書いている私の右にサクラ、左にクーかいる。私の一日は、「お早う。クーちゃん、サクラちゃん」で始まり、「さあ、ねんね。お休み。クーちゃん、サクラちゃん」で終わる。昼間はもちろん、美術館のスタッフ、お客さま、陶芸教室の生徒たちで賑やかだ。
 もう一つ、いつも受ける質問がある。
 「俵さんは、春夏秋冬どの季節か好まですか?」
 なぜ、そういうことを聞くのかしら、と思う。
 この森が広くて、美しいから、どの季節がいちばんきれいなんだろう?と興味を持つのかしら…。
 正直いって、それは愚問だと思う。
 この連載、最後の原稿を書いているきょうは、10月19日。いまから半月たつと、この森は豪華絢爛、息をのむぼど美しい紅葉の日々を迎える。わくわくしながらそれを待っている“今”がいい。
待つから、いいのだ。もみじの紅葉は、見上げる時もいいが、敦り敷いた時もいい。
 そのあと、12月に、一度初雪が来る。これは、すぐ消えてしまうが、初雪の朝が美しい。そして、長い冬も私の美術館も、1月、2月はクローズし、春にそなえて、リニューアルをする。冬があるから、春かうれしいのだ。もし、紅葉のあとすぐ、花が開いたら、あなたは春がうれしいですか。
 
[現代林業] 2005 12 掲載  http://www.ringyou.or.jp/