予想もしなかったことが、人生には起こる。
たとえば、20世紀後半、日本では、突如として寿命が二倍に延びた。40歳だった寿命が、
80歳になったのだ。
ちょうどその時期、生まれ合わせた私は、慌てて人生設計を変えざるを得なかった。
子育てを終わり、昔なら人生をすでに終えている50代になって、運転免許を取った。
焼き物を勉強した。すべて、突然やってきた長寿時代への対策だった。60代になってからは、
陶芸教室や美術館も開いた。おかげでなんとか、倍増人生への対策は間に合った。
そう思って、胸をなでおろした直後だった。
突然、”IT革命”という言葉が、地球を席捲した。津波の速さだった。私の足元は激しくゆれ、
”デジタル・ディバイド”という耳慣れない言葉が飛び交った。
”デジタル・ディバイド”とは
「情報技術を使いこなせる人と、使いこなせない人との間に生じる格差」と説明されている。
使いこなせる人って、ダレだろう。
ーー ”若者” に決まっている。
使いこなせない人って?
ーー "お年寄り” に決まっている。
カタカナでいうからわかりにくいが、ようは弱肉強食ということだ。
まじめに働き、年を重ね、日本を支えてきた人々が、加齢が原因でディバイドされ、切り捨てられ
ていく。そんなことが許されていいだろうか。そんなことを許したら、この世は闇ではないのか。
切り捨てられる年齢の側に立つ私は、悩み、悲しみ、怒り、反発する日々だった。
予期せぬ津波に遭遇して、私の人生設計が、どう変わったのか、変わらなかったのか、
くわしくは、最新の拙著「生きることは始めること」で記しました。
この本から、読み取っていただければ幸いです。
これから先も、予想しない出来事にぶつかることがあるだろ。一説によると、あと半世紀の間に、
人生は二倍の百五十歳時代が到来するという。
そうなれば、八十年人生の計画はすべて反故になる。
考えてみれば、五十年前に同じ事が現実に起こったのだから、あながちその説を否定するわけにも
行かない。
ま、しかし、そのときはそのときのことだ。予期せぬ"IT津波"で鍛えられた私は、そう思って居直る。
IT戦争の経験を生かして生きていくしかない。