コトのはじまりは、スタッフの斉藤始さんが美術館の庭(2500坪ある)に、あじさいを植え始めたことだった。そのころ、私は交通事故に続く、うつ状態のまっただ中にあった。企画会議も出来なかった時期だ。だから、斉藤さんが何を思ってあじさいを植え始めたのかも覚えていない。 たぶん2000年の春だと思う。私の自損事故は、その1年半前だ。 斉藤さんは、せっせとあじさいを植えていた。来る日も、来る日も植えていた。 きっと、すっかり元気をなくしている館長の私を慰めてやろうという気持ちだったのだろう。01年の春も植えていた。そのころのことでたった一つ記憶に鮮明なのは、01年の6月18日、斉藤さんの植えたあじさいがほんの少し咲き始めたころ、玉村の女性が美術館に来た。 「センセイ。温泉に入れますか?」 とその人が私に聞いた。 私は乳がんの手術以来、5年3か月、まったく温泉に入る勇気を無くしていた。 「私は、入れません」 正直にそう答えた。 思えば、あの頃が私の人生、最低、最悪の頃だった。乳がんに続く、交通事故、うつ、70歳の大台に乗る。 どんな気持ちで70代を生きればいいのか。頭の中は混乱していた。自分がそういう情けない状態なので、私はその女性に同情した。なんとかこの人を好きな温泉に入れてあげたいと思った。 「温泉はみんなで入れば怖くないよ。きっと……」 といって作ったのが、「1・2の3で温泉に入る会」という女性のためのがん患者会だ。今その会は全国組織になり350人が会員になっている。 斉藤さんが植えてくれたあじさいは、1年ごとに花を増し、美しさを増す。最近、当館は、ちょっとしたあじさいの名所になってしまった。昨年それを記念して募集した「あじさい絵手紙コンクール」には、信じられないほどの応募があった。 今年も、あじさいの季節。 雨の中、くもり空の下、重いほど美しい花手毬を見ていて思う。 (人生。悪いことのあとには、きっといいことがあるんだ。あの時、諦めないでよかったなア)
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